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社会起業大学 学長の林 浩喜(はやし ひろき)です。
このROCKY通信では、皆さんが、人生やビジネスのヒントとなるようなお話をさせていただければと思います。
皆さんのお役に立てましたら幸いです。

シド愛用のペンダント(レプリカですが)
僕はOFFの在宅時には抹茶を日に三度ほど点てて頂く。もちろん作法無しのヤカン手前。それでも茶碗を愛でつつ頂く茶は大事な時間だ。今日は切らしていた抹茶を購入しに出かけた。連休最終日ということもあり地方デパートも賑わっていた。お茶売り場には茶道ビギナーと思しき外国人、それも東欧系と思しきインバウンドの方々が抹茶を購入しに来ていたことだ。面白かったのはそのインバウンド客と店員と僕の3者でなぜかパンク談義で盛り上がることになったことだ。発端は僕がたまたましていたペンダントだった。SEX PISTOLSのアイコンだったシド・ヴィシャスが愛用していたペンダントをたまたま身に着けていたのだが(もちろんレプリカ)、それに彼らが気付いて話しかけて来たのだ。聞けばポーランド人という。彼らもパンクフリークらしく、古今東西のいろんなバンドについて熱く語り合った。その会話に抹茶売り場の店員の男性が乗っかって来た。彼もまたパンク大好き人間だったのだ。客観的にみるとなんともおかしな風景だ。抹茶売り場で国際パンク談義なんて。笑
さて今回のテーマは「PUNKとは何ぞや?」ということ。もともとはクズとかバカとかいう意味のスラングだったそうだが、70年代に入りPUNKロックが隆盛してからは反骨、反体制の象徴となった。本来はロック自体が反体制の象徴なのに、商業主義に走り過ぎた当時のロックは自己矛盾に陥っていた。そこにパンクが登場して破壊してしまったのだ。同時代に10代だった僕はそのカッコよさに憧れた。しかし現在の僕の解釈は異なる。分野を問わずイノベーションや変革を起こすのは必ず“PUNK SPIRIT”を持ち併せた人間だということ。音楽だろうが、ビジネスだろうが、政治だろうが、芸術だろうが、、、何かのオリジネーターは何らかの「パンク精神」を持っているということだ。社会起業家はまさしくその典型的存在だ。

ロック3大兄貴の1人 ジョー・ストラマー
https://socialvalue.jp/mmbackno/rocky-211
ロックにおける僕の3大兄貴の1人、クラッシュのリーダーのジョー・ストラマーがかつて言った。「パンクとはスタイルではなく、生き方の姿勢だ」と。40過ぎてこの言葉を知った時、大きな衝撃を受けた。爾来、この言葉はぼくの信条の1つとなった。ジョーは常に身の周りの、そして世界の課題と常に真正面から向き合って来た。そしてそれを歌にしてきた。それらはその後のロックに多大な影響を与えた。U2のボノなどは、思春期にアイルランドの片田舎でクラッシュのアルバムを聴いて世界の社会情勢を学び、自分たちがどうそこに向き合うかという姿勢を学んだと語っている。
パンクというと革新を担う役割というのが一般認識だが、「姿勢」という視点で切れば見え方も変わってくる。明治維新で例えれば、、、吉田松陰がパンクであると同時に勝海舟だってそうなのだ。哲学の世界ではニーチェがパンクであると同時にカントだってそうなのだ。芸術ならピカソがパンクであると同時に、セザンヌだってそうなのだ。ジョー・ストラマーがパンクであると同時にベートーベンだってそうなのだ。そして利休だってそうなのだ!