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【 ROCKY通信 】第93回 時代の先を走って来た男 藤井健之

メールマガジンご購読者の皆様
 

いつもメールマガジンをお読みいただきありがとうございます。

社会起業大学 学長の林 浩喜(はやし ひろき)です。
 

このROCKY通信では、僕が社会起業家の育成・支援に携わっている中での経験や僕自身の人生での学びや考えをシェアさせていただいています。
皆様の起業のお役に立てられましたら幸いです。
 
 

【 ROCKY通信 】第93回 
時代の先を走って来た男 藤井健之

藤井さん、北アルプス穂高山頂にて

 

藤井健之(たけゆき)さんは、高校時代の登山部の部活仲間だった。以前ご紹介した河内山嘉浩さんとも同期。当時の同期は競技登山を志向するガチグループと、自然やキャンプを楽しみつつ登山するソフトグループに分かれていた。もちろん我々3人は後者に属した。当時の藤井さんははにかみ屋でソフトな奴という印象だったのが、卒業以来で再会した20年前には自らの信念を持ちそれを決断実行するエッジの利いた男に変わっていた。友人達の中で彼ほど最初のイメージが変わった人間はいない。

 

IT社長時代の若き藤井さん / 直近の藤井さん

 

先に藤井(ここから呼び捨てに!)の現況を話すと、南アルプスと八ヶ岳山系に挟まれた山麓に第2移住し、そこでユニークな「松ノ前停留所」という名の不動産会社を経営している。経営といっても全てを自分でこなす2つの意味でオリーワンな不動産会社だ。不動産会社といっても、コンセプトメークから設計、施工、営業まで一体となった全く新しい業態。彼の差別化はコンセプトメークにある。土地選びも設計も住む人のライフスタイルが藤井視点で考え抜かれた作品となる。

八ヶ岳を移住先に選んだのは、彼が50代になり再び登山にハマってしまったから。まるでイヴォン・シュイナード!コロナが追い風となり都心からの移住者も増え仕事は忙しそうだが、生活の中に仕事があるという感じでとても幸せそうだ。具体的には彼が目利きした土地を購入あるいは借り上げて、そこに彼が理想とする住居を設計し地元の大工さんとともに汗を流して建築し、それを貸したり売ったりして生業を立てている。設計は50を過ぎてから京都の大学に入り直し、2年間学んだという肝入りだ。これぞ実践型リカレント。また地域活動にも積極的に参加し、失われつつある地域資産を護る社会起業家としての側面も見せていることも付記しておきたい。

 

最初の移住は鎌倉だった。卒業以来で再会した頃だったと思う。当時藤井は自分が創業し、上場まで果たした「デザインエクスチェンジ」というIT企業を売却したばかりだった。ITビジネスの起業も第一次IT起業ブームより先だったのではないかと思う。次のステージを模索していた頃で、稲村ガ崎R不動産(現鎌倉R不動産)という社会課題解決の要素も含んだユニークな会社を経営しつつ日々イクメンをしていた。まだイクメンという言葉が無かった時代の話だ。鎌倉山のウッディな家で子供の幼稚園への送迎から、赤ちゃんのおむつ替え、掃除洗濯まで何でもやっていた。

結果論だが常に時代の先を行っているのが藤井だ。そうしようと狙ってやっているわけではなく、自分の思っていることを行動に移すのが早く、それにトレンドが後から追いかけて来ているということなのだろう。関わった起業だけでも20になるというのも驚きだ。それらの多くが成功しているところを見ると、市場を見る目が確かなのだろう。その一つになるが、20年前に立ち上げたばかりの頃に見せてもらった南インド料理店は他店化に成功し、今やその分野では代表的なブランドに育ち多くのファンをつかんでいる。味は南インド出身の友人のお墨付きだ。  

 

エリックサウス八重洲店 / 南インドカレー

 

藤井との何気ない会話の中で記憶に残ったことが幾つかある。以下、山口弁で語った彼の言葉そのままで記載する。

 

その1

「林も鎌倉に移住せえや、鎌倉は環境ええぞ」

東京からJR湘南ライナーで1時間強。だから十分ビジネスと生活は両立するよと強く誘われ、実際幾つかのユニークな物件を紹介もしてもらった。彼の考えは合理的だと思ったが、311直後で太平洋沿岸は住処とするには躊躇したこと、当時都市型ライフスタイルである必要があったことから見送った。

 

その2

「わしらの世代は世の中の為に何の貢献もしちょらん」

10年くらい前に大真顔で彼が言ったのを今も覚えている。昭和30年代、40年代生まれを指してのコメントだったかと思うが、これは頭よりも心に響いた。自分の中でも言語化されていなかったモヤモヤに凝固スプレーをかけられた思いがした。

 

その3

「林も早う会社手放して、また新しいことはじめえや」

同じ起業家として、痛いところを突かれたと思った。当時自分の経営していた会社は安定期に入っており、創業時の燃え立つようなパッションが消せつつあるように感じられたのだろう。

 

その4

「全ての企業が上場を目指すべきじゃ」

これは藤井が創業したIT企業を手放した時に聞いたが、彼の中の一貫したポリシーがあるようで今も同じことを言っている。彼の言いたいことは「企業は公器であるべきだ」ということ。最初に聞いた時、自分は上場しない決断をしたばかりだったので、全く納得ゆくものではなかった。今では4−6くらいでOKか。笑

 

その5

「わしゃあもうなるべく人に関わらずに生きたい」

直近の藤井のコメントだが、「積極的ニヒリズム」とでも言おうか、その風貌も徐々に仙人化しつつある。笑 仕事も趣味も、やりたいことだけやって付き合いたい人とだけ付き合って、それで残りの人生を全うしたいという。ある種の潔さがあり、決して偏屈なわけではない。まだ終活には早いが、少しずつ身軽にしてゆくという姿勢には賛同する。   

 

井富停留所住宅、藤井さんの第一号作品 / 大工仕事中の藤井さん

 

最後に会った時に、終の棲家はどうするの?と聞いてみたところ、まだ決めかねている様子だった。自分の内なる声に正直に生きてきた、真の意味で自由人の藤井。最近の趣味はグーグルマップで日本中の海岸線をバーチャル探索することだそうだ。何のかんの言いつつも、また何か新しいことをはじめそうな予感のする藤井だ。