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【 ROCKY通信 】第81回 フライフィッシング

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いつもメールマガジンをお読みいただきありがとうございます。

社会起業大学 学長の林 浩喜(はやし ひろき)です。
 

このROCKY通信では、僕が社会起業家の育成・支援に携わっている中での経験や僕自身の人生での学びや考えをシェアさせていただいています。
皆様の起業のお役に立てられましたら幸いです。
 
 

【 ROCKY通信 】第81回 フライフィッシング

 

ブラッドピット出演映画『リバー・ランズ・スルー・イット』より

 

今から約30年前、NY州のイサカという街に留学生として2年間住んだ。キャンパスの美しさは全米随一と言われる大学で、実際その通りだった。キャンパスには湖あり、川あり、滝ありで春は新緑が萌え、夏は滝が虹を含み、秋は朱に染まる紅葉、、、そして冬は白銀の静寂。留学直後の1学期目は地獄の学校生活だったが、どうにかこうにかサバイブし、年末年始休暇にシラバスをめくっていた。巻末に全学対象の体育のコースがあり、その中の“Fly Fishing”という文字に気が付いた。少年時代から憧れていたフライフィッシングには興味津々。金曜日の午後のクラスで少し時間にゆとりがあったので挑んでみることにした。初めはひたすらマス科の魚の習性についてのレクチャーとTying(毛針を巻く)の授業で少々拍子抜けしたが、週一の良い気分転換にはなった。教室の窓の外は大吹雪で、春の野外釣行が待ち遠しかった。

 

3月末の晴天の午後、ついに車で小1時間くらい走って小さなストリーム(小川のようなもの)にクラスで出向いた。川幅は3M、深さは50センチくらい。自分で巻いたカディスというドライフライをキャストした。体育館でキャスティングの練習もあったが、現場ではなかなか思い通りにラインをコントロールできない。フライフィッシングは重いラインをロッドのしなりで遠方に飛ばす仕組みだが、後ろにブッシュがあったり木があるとすぐにそこに毛針を取られてしまう。またうまく飛ばせたとしても水面を叩いてしまい、繊細系なトラウト君はすぐに岩の下に逃げ込み、当分出て来なくなる。苦闘しながらも徐々に小中学時代の「釣り勘」が蘇ってきた。10投目くらいだったろうか、カディスの毛針に魚がライズ(水面に姿を現し捕食する動き)し咥えこんだのがハッキリと見えた。急いでロッドを合わせる。FISH ON!小さいながらもなかなか抵抗してくれ、興奮しつつラインを手繰り寄せた。20センチ強の美しいブラウントラウト。あまりの嬉しさに絶叫しそうになった。いや、していたかもしれない。初釣行で3尾釣れた。クラスの仲間約20人は全員坊主(釣果ゼロ)。インストラクターのジョーがCongrats!と喜んでくれたが、同行していた仲間達は納得ゆかない様子でビミョーな空気感だった。笑 

 

レインボートラウト(左)とブラウントラウト(右)

 

フライフィッシングのコツはこの日つかめた。それからというもの、毎日ウズウズして頭の中はトラウトのことで一杯。金曜のクラスまで待ちきれず、街中の川でキャスティングの練習も兼ねロッドを振った。するとキャンパスの中にある大きな滝壺で40センチオーバーの野生レインボートラウトがヒット。何度も何度もジャンプを繰り返し、元気なファイトの末にやっと僕の手のひらに乗っかってくれた。まさかキャンパス内でこんなことがあろうとは!魚をリリースした後、しばし放心状態に。僕は完全にイってしまった。

 

それからというもの、毎日授業が終わると一目散に近場の川に出向いた。そして夕方の1時間の釣りが日課となった。週末は宿題を終えるや否や車でプチ遠出し、未知の川を釣り歩いた。まるで映画「リバー・ランズ・スルー・イット」のワンシーンだ。男の子の兄弟が宿題を終えると同時にダッシュで川に駆け出していったように。大雪の振り始める11月後半から3月半ばまでは我慢、我慢でフライを巻いたりロッドやリールの手入れをしつつ「幻のレインボー」に妄想を膨らませていた。そして春の訪れとともにまた毎日のように川へ。

 

フライフィッシング最中は腰あたりまで川に入り込むことも

 

あれは2年目の初夏の日暮れ間際だったと思う。腰あたりまで川に立ち込んで、僕は1本の柱となっていた。そしてメトロノームのようにロッドを一定のリズムで振っていた。周囲は深い森で、夕陽はすでに沈み月が登りかけていた。完全なる静寂。自分が自然と一体化しているのを感じた。自分が自然なのか、自然が自分なのかよくわからない。地球と一体化している感覚。時間も静止していた。生まれて初めての体験だった。魚を釣ってやろうという気も失せていた。ふと何かの気配を感じて目線を上げると、川向こうの高い木のてっぺんから白頭鷲がじっとこちらを見ている。そして振り返ると大きな鹿がじっとこっちに目線を向けていた。その後もロッドを振り続けていると、彼らはいつの間にかいなくなっていた。その時知った。「ああ、俺は自然の一部なんだ」と。そして「彼らは自然という枠組みの中で共生している仲間なんだな」と。

 

SDGsの13、14、15番あたりで言うところのサステナビリティというのは、あのことだったんだなと思う。フライフィッシングが教えてくれた生涯にわたる鮮明な記憶。リバー・ランズ・スルー・イットの主人公のように、いつかあの生活に戻りたい。