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【 ROCKY通信 】第218回 宿命の一戦「井上尚弥VSルイス・ネリ」予想と結果

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【ROCKY通信】第218回 宿命の一戦「井上尚弥VSルイス・ネリ」予想と結果

勝利に歓喜するチーム井上尚弥

 

今夜東京ドームで行われる世界Sバンタム級タイトルマッチは宿命の一戦だ。今回は試合前の予想と、試合後の結果を時間差で書いてみた。

まだあどけない子ども時代の井上尚弥

 

 

【試合前予想】

チャンピオンクラスばかりの強敵相手に4階級でベルトを獲得し、また防衛を続けているナオヤ。現在はSバンタム級の4団体の王位を所持し、世界で最も格付けの高い米国のリング誌でパウンドフォーパウンドの1位にも選出された。まさに世界ボクシング界の至宝である。

 

以前書いたかもしれないが、ナオヤのことは彼が中学生の頃から知っている。世界の至宝を呼び捨てにするのは不遜だが、ずっとそう呼んできたので愛情を込めてナオヤと呼ばせていただきたい。

 

キッズボクシング界(小中学生ボクシング)でのナオヤにはすでに無敵伝説があり、子ども達にとり彼は英雄だった。僕の娘もキッズボクシングをやっていたので大会があると出向いていたのだが、大会OBの彼が会場に現れると一身に羨望と尊敬の眼差しを集めていた。僕も本人とお父さんの真吾さんに握手してもらった。2人とも意外にも華奢な手だったのを覚えている。プロデビュー戦も後楽園ホールで観たが、まさかここまで強くなるとは思わなかった。

 

さて、今これを試合開始7時間前に書いているわけだが、今日の相手ルイス・ネリは本当に強い。掛け値なしに強い。パンチがあるし、スピードもあるし、技術もある。そしてサウスポー。だがこのレベルになるとそういう選手はそれなりに存在する。僕が一抹の不安を感じるのはネリの「野生」だ。

最強の対戦相手 ルイス・ネリ

 

これまでずっと「今回の相手はこれまでで最強」と業界関係者、そして大橋会長自身によって言われ続けてきたが、今回は本当に最強の挑戦者だと思う。過去の日本での試合で何度も体重オーバーの失態をしでかし、ドーピング疑惑もあり、極めて悪評高いネリ。完全なヒールだ。しかし、当時バンタム級で無敵を誇った王者の山中慎介を2度もKOした事実。仮に体重オーバーの問題がなかったとしても勝敗には関係なかったと思っている。

 

きっとナオヤ自身が「ネリは今までの相手とは違う」と思っているのではないか?揺るがぬ自信の中にもひょっとすると恐怖心を隠持しているかもしれない。だからまだ底を見せていないナオヤの新たな側面をネリが引き出してくれるという期待もある。僕はネリが前に出て打ち合いを仕掛けてくる前提で、期待も込めてナオヤの4回KO勝利を推したい。

 

初回でジャブと足で距離感をしっかりと掴み、パンチの出どころや伸び具合を確認し、2回からは圧倒的な左ジャブで中間距離を支配し、右ストレートもしくは左フックのカウンターで仕留める。初回が大事だ。気負って無理に打ち合いに行くと怖いことになるかもしれない。ここ数年考えていたことなのだが、もしナオヤを倒す奴がいるとすれば、、、それはネリのような一発パンチをもった予測不能な野生児タイプということ。考えるだけでも今から息が詰まりそうだ。ふー

  

【結果】

息つく間もなく、心臓のバクバクする試合内容だったが6RKOでナオヤが勝った。メディアではTKOとなっていたがあれは完全なるKOだ。あまりの濃密な試合内容そしてドラマチックな展開に、今は虚脱状態だ。頭の中が真白だ。まずは試合のハイライトを振り返ってみよう。

 

井上尚弥キャリア初のダウンシーン

 

初回、予想で書いたことが的中してしまう。ナオヤが先に仕掛けた。大きなパンチを振りネリのガードの上から強い右を叩きつける。精神面で優位に立ちたかったからか、距離の測定やパンチの出所を確認する前に先行し、強引にプレスをかけた。中途半端な距離で打ちあった際にネリの強烈な左フックを撃ち込まれ、反転してリングに這った。キャリア初のダウンだ。

 

しかし4万の観衆が騒めく中、ここで焦らず8カウントまで休み、コーナーの真吾さんとアイコンタクトをとる冷静さが素晴らしかった。きっとこういう場面も想定してイメージトレーニングもしていたのだろう。その後ネリのラッシュに晒されたのだが、ガッチリとガードを固めフットワークにダッキングやウィービングも駆使してかわしつつ、右ショートアッパーを撃ち込み迎撃していたのも見事だった。絶体絶命のピンチなのに、なぜか見ていて倒される気がしなかった。

 

2ラウンドからは得意の早く強いジャブをバンバン打ち始め、それがヒットする。これで打たせずに打てる距離を掴んだようだ。そしてお返しの左フックがカウンターで炸裂し今度はネリがマットに落ちた。なんという展開!ナオヤが完全に本気になっている。ドネア戦以上の本気だ。かつて僕の最も好きだった名王者アレクシス・アルゲリョ(ニカラグア)が最強の挑戦者アンドリュー・ガニガン(米)と交えた一戦を思い出した。初回、アルゲリョはサウスポーのガニガンの左をくらい不覚のダウンを喫した。そこからのプライドと怒りの爆発。怒涛の反撃でリング上にガニガンを完全に伸ばしてしまった。

 

5回、ネリが反撃開始。3,4回とナオヤのリズムになり主導権を失いつつあったので当然だ。ぐいぐい前に前に出て得意のフック系パンチをブンブン振る。左ジャブで距離を支配しているので初回のような怖さは無くなったが、まだまだ不気味なネリ。しかし、前に出てくる相手には滅法強いナオヤ。自信を持って試合をコントロールしているのがわかる。これはまた一発カウンターが入るかな?と思っていた矢先に左フックのカウンターがもろに着弾しダウン。これは効いた。被弾直後、ネリは目が飛んでいた。

井上尚弥の強烈無比な右に崩れ落ちるルイス・ネリ

 

そして最終回となった6回。ナオヤは倒しにかかった。強いコンビネーションブローを何発も決めた後、ロープ際に追い込んで強烈無比な右ストレートを撃ち込み、試合を終わらせた。あまりにも残虐なKO劇に背筋が震えた。ネリの「野生」は完全に破壊されたのだ。倒れた瞬間にそう分かるほどの衝撃だった。タフなネリが顔面で完全KOされたのは会場のファンには溜飲が下がったらしく、ドーム全体に喜びが爆発した。6年越しのネリへの憎悪はこれでやっと終止した。

 

氷のマグマとでも形容したくなるクールな怒り、殺傷本能。それを支えるとてつもない「プライド」。試合全般を通じそれを最も感じた。大きなポイントとなったのは初回にダウンした時の冷静さ、追撃されつつも迎撃し流れを渡さない強靭な精神だ。そして自分の最大の武器である早く強い左ジャブで試合の流れを手繰り寄せたこと。3度のダウンを奪ったKOパンチはその余禄だ。ベストで仕上げてきたネリはやはり強かった。嫌な予感も当たった。

 

しかしナオヤは相手が強ければ強いほど自分も強くなる。恐ろしいファイターだ。今回ネリによって新たな能力が引き出された形だが、まだ底は見せていない。一体この男の底はどこまで深いのだろう?どんなファイターもいつかは敗れる時が来る。しかしこの男に限っては、モチベーションが尽きない限りその時も来ないのでは?と思えてしまう。

 

昨夜の試合は、時間が経てばナオヤのベストバウトとなり世界ボクシング史の1ページを飾ることになるだろう。大橋会長が「試合中に寿命が縮んだ」とチクリと言っていたが、それはきっと初回の戦い方を批判してのことだろう。僕はそう思わない。結果的に初ダウンは食らったが、その対処も経験だ。きっと今後フェザー級に上げた時にも生きてくるだろう。また肉体的な耐久力も戦略の柔軟性も示せたし、そして何より未だ底の見えない逞しさを感じさせられた。

 

熱狂的ボクシングファンとしてあえて1つ注文を付けるとすれば、いくら敵役でヒールのネリといえども、倒した後には幾ばくかの敬意を示してほしかったことだ。先述のアルゲリョは、試合後には必ず倒した相手を気遣いリスペクトを示した。そこが強いだけでなく名王者中の名王者と今も称えられる理由だ。

 

試合後のインタビューでナオヤは深いことを言っていた。「今後厳しい対戦相手たちに勝ち続けるためには、ファンのためというのではなく、先ずは自分のためという思いでいこうと思う」と。それが究極の生存競争ということなのだろう。かつての僕もそうだった。しかし人生の後半戦に入り、その考え方は大きく変わった。真逆になった。

 

いつの日かナオヤも迎える引退後、もしどこかの試合会場で出会えたら、本人とその話をしてみたい。

 

ドラマチックな勝利に満面の笑みを浮かべ会場を去る井上尚弥

 

※パウンドフォーパウンド

全階級のチャンピオンに体重差がなく、最軽量のミニマム級(47.6キロ以下)から最重量のヘビー級(90.7キロ以上)までの選手が仮に同一体重だったとしてという仮定でランクをつけるというもの。つまり体重が同じだったら誰が最強かを競う夢のランキング。

 


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