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【 ROCKY通信 】第143回 山頭火 生誕140年 今も息づくその俳句

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社会起業大学 学長の林 浩喜(はやし ひろき)です。
 

このROCKY通信では、僕が社会起業家の育成・支援に携わっている中での経験や僕自身の人生での学びや考えをシェアさせていただいています。
皆様の起業のお役に立てられましたら幸いです。
 
 

【 ROCKY通信 】第143回
山頭火 生誕140年 今も息づくその俳句

山頭火のポートレイト

 

種田山頭火をご存知だろうか?

俳諧の異端児、そして愛すべき破滅型の芸術家。生誕140年だそうで、最近また脚光を浴びている。疲れた今の日本人には、山頭火の句はかなり効くと思う。同じ山口出身でも、ちょっとスノッブでナルシストな詩人中原中也よりも共感を覚える人は多いだろう。句はもちろん、その生き様に惹かれる。インテリで富裕層出身だったにも関わらず、世を捨て、托鉢しながら自然や社会の底辺にいる人々とも交わった。そのどん底からのやさしい目線に癒される。ここ最近寝床で俳句や日記を読んでいる。

 

僕はずっと勘違いしていた。山頭火は放浪流浪の行食を実践した乞食坊主だが、世捨て人を自認し、風流人を気取った人だと思っていた。しかし実際は艱難辛苦の連続する人生に懊悩を重ね、自己存在そして終生の地を求め続けた孤高のさまよい人だったのだ。

そして自由を好みつつも異常なまでの寂しん坊。鬱病の家系だったようで、母が小学生の時に井戸に投身自殺し、また弟も若くして自殺する。自身も同病で早大を中退し、何の仕事に就いても発病し続くことはなかった。所帯を持ち、一時は隆盛を誇った家業の酒造業も破綻し、妻子とも離縁し、俳句だけが残された。

 

 

岩波文庫 山頭火俳句集

 

ここでいくつかの代表的な句をご紹介したい。

 

 

  分け入っても分け入っても青い山

 

山頭火で最も有名な句ではなかろうか。なんだか清々しい初夏のイメージも湧くのだが、人生の迷路を徘徊した山頭火、出口の見えない焦りのようなものも感じてしまう。

 

 

  あるいてさみしい顔を小供にのぞかれて

 

旅の途中、路傍で休んでいる時にでも遊んでいる子供に顔を覗きこまれたのだろう。子供は大人の心理を一発で見抜いてしまう。きっと目が合った瞬間に山頭火はハッと我に返ったのではなかろうか。

 

 

  酔ふてこほろぎと寝ていたよ

 

初秋、多分歩き疲れて宿もなく一杯ひっかけて道端で野宿でもしたのだろう。地面の目線の先にコオロギがいて、なんとなく仲間がいる感じがして、きっと嬉しい気持ちになったのだろう。忌野清志郎や甲本ヒロトの詩を思い出す。

 

 

  雑草礼賛

  生えよ伸びよさいてゆたかな

  風のすずしく

 

僕も雑草が大好きなのでこの句も好きだ。弱者へのやさしい視線とも感じられるが、自身への応援歌かもしれない。

 

 

  歩かない日はさみしい、

  飲まない日はさみしい、

  作らない日はさみしい、

 

歩かずに宿に留まっているのも不安を覚えるし、飲んで浮世を忘れることが出来ないのも辛い。そして句を読めない日はさらに空虚に感じられる。さみしいという表現になんとも言えぬ孤独を感じてしまう。山頭火は昼夜を問わず実に酒を飲んだ人だ。多分アル中だったのだろう。飲まずにはおれなかった気持ちはわかる。

 

 

  寝るところが見つからないふるさとの空

 

完全なる世捨て人を自覚したなんとも悲しい句だ。それも故郷で。つのる想いがありつつも、頼る身寄りもいない孤独の極致。故郷への愛憎が感じられる。

 

 

  山あれば山を観る

  雨の日は雨を聴く

 

一番好きな句だ。泰然自若でありつつ諦念、覚悟もある。

実にシンプルだが哲学的だ。

 

 

実家、種田酒造

 

最後に「旅日記」から好きな文をご紹介したい。

武骨で虚飾を削ぎ落とした潔さがラルフ・エマソンのようでもあり、坂口安吾のようでもある。敬愛し影響も受けたであろう芭蕉、良寛への決別宣言であり、己だけのソーシャルミッション、孤独だが栄光への道のりだ。

 

  芭蕉は芭蕉、良寛は良寛である、

  芭蕉になろうとしても芭蕉にはなりきれないし、

  良寛の真似をしたところで初まらない。

  私は私である、山頭火は山頭火である、芭蕉にならうとも思はないし、また、なれるものでもない、

  良寛でないものが良寛らしく装ふことは良寛を汚し、同時に自分を害ふ。

  私は山頭火になりきればよろしいのである。

  自分を自分の自分として活かせば、それが私の道である。

 

 

山頭火 晩年

 

58歳、今の僕と同い年で松山の一草庵にて急死した。ころり死を願っていた山頭火は、人生の最期でやっと安らかで幸せな旅立ちが出来たのだろう。


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