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社会起業大学 学長の林 浩喜(はやし ひろき)です。
このROCKY通信では、僕が社会起業家の育成・支援に携わっている中での経験や僕自身の人生での学びや考えをシェアさせていただいています。
皆様の起業のお役に立てられましたら幸いです。
先週、やまぐち社会起業塾のメンバーと「獺祭」で有名な旭酒造にフィールドスタディに行ってきた。その企業姿勢、視線の高さ、戦略性に一同大いなる衝撃と感銘を受けた。
同社オーナーの桜井氏との最初の接点は22年も前になる。僕が起業して3年ほどたった2000年頃の話だ。当時の本社は六本木にあり、贔屓にしていた居酒屋の店主から「林さんこれ飲んでみて」と勧められて口に含んだ瞬間、驚愕した。「なんじゃこりゃー!」これまでに味わったことのない味。フルーティーなのだがスッキリしていて甘くない。豊穣なフレーバーが、味わいと吟醸香が一体となって口元から喉元に滑り込む。
どうにも気になり急遽帰省し、実家から母の運転で約2時間かけて周東町の蔵まで行ってみた。そこには納屋のような酒蔵があった。まさに「山口の山奥の小さな酒蔵」という当時の旭酒造のコピー通りの蔵だった。桜井博志元社長(現会長)が蔵を案内してくれ、丁寧に酒造りの理念を聞かせてくれた。この本気の経営者の元で、あの革命的な獺祭が生まれたのかと大いに得心したものである。
そして今回、旭酒造を再訪し12階建ての近代的な本蔵を視察させて頂くとともに桜井一宏現社長のご講演を聞かせて頂いた。本蔵で学ばせてもらったのは、合理と情理というか論理と直感といった両極概念が並存している企業文化だ。機械化すべきところは徹底的に機械化し、人手をかけねばならない工程はとことん人海戦術。全ては美味い酒を作るために、というゴールからの判断だ。
工場の常識を覆す工場とも言える。通常工場というのは効率が優先され、大バッチでのワンライン製造を目指す。ここでは小バッチのフル回転で製造される。ある意味とても非効率なのだが、クオリティを最優先するとそうならざるを得ないのだ。データ実証主義で有名な旭酒造はかなり誤解されていると思う。しかし、その結果1年で通常の酒蔵の100年分の経験値をゲットできるそうだ。あと蔵を見て感じたのはその製造ラインの幾何学的な美しさだ。
一宏社長の講演がとても素晴らしかった。委細はここで書かないが、同社のポリシー哲学から文化に至るまで丁寧に解説してくれた。失敗も過去には多々あったようだが、常にチャレンジ精神を失わずに前進し続けてこられたのも同社の企業文化だ。塾生の質問にも真摯に答えてくれ、きっと一同獺祭ファンとなったことだろう。
そして社会課題への取組みも本気だ。講演では誇張されることなくサラリと語られたが、一部を列挙してみると
・ユネスコへの年間1億超の寄付(獺祭の売上の一部)
・2018年の台風災害があった時には1億超の寄付
・地元雇用を大切にし、かつ初任給を今春より21万から30万にアップ
・現行社員の待遇を5年以内に2倍にすると公約
・酒米を農家から市価の何倍もの金額で直接買い上げ
そして2023年の4月にはついにニューヨーク州のハイドパークに蔵開きをするという。マンハッタンから2時間くらいの距離で、美しい森林と渓谷に恵まれた土地だ。僕も30年近く前に近くの大学に留学していて、年に何度かフライフィッシングに訪れていたので親しみのある土地だ。きっとマンハッタンから人種に関係なく多くの日本酒愛好家が訪れることになるだろう。
同地にあるCIAという名門料理学校の本校と連携しているところも流石だ。ここが北米市場と欧州市場への生産拠点となるのだろう。酒米は現地調達と国産米のブレンドになるそうだ。そして蔵で働く人たちも。なんと夢のある話だろう。日本の伝統文化を現地に適合する形で根付かせて、“DASSAI BLUE”というブランドで新しいSAKE文化を創出されるそうだ。
山口の片田舎から酒造りをイノベーションし、国内市場を席巻し、最後に世界に打って出る...このストーリーそのものが、世界に挑むソーシャルインパクトだ。