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【ROCKY通信 】第120回 昭和の鬼神 写真家林忠彦

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社会起業大学 学長の林 浩喜(はやし ひろき)です。
 

このROCKY通信では、僕が社会起業家の育成・支援に携わっている中での経験や僕自身の人生での学びや考えをシェアさせていただいています。
皆様の起業のお役に立てられましたら幸いです。
 
 

【 ROCKY通信 】第120回 昭和の鬼神 写真家林忠彦

30代半ば イケメン写真家 林忠彦

 

林忠彦という昭和を代表する写真家をご存知だろうか?土門拳と双璧の写真界の大御所だ。ポートレートがつとに有名で、中でも昭和文士の写真でよく知られる。中には、「あ、この写真知ってる!」という方も多いと思う。

 

大学での講義の合間に、忠彦さんの故郷周南市にある美術館の常設展示を見てきた。そこには所持する写真集で何度も見ている多くの写真の現物が展示されていた。やはり実物には写真集とは異なるホンモノならではの「味」があった。忠彦さんの作品群は20年くらい前に知り、時々深夜に酒を煽りながら写真集を繰ってきた。

 

その特徴は昭和初期の「時代の空気」が横溢していること、歴史の経過を内在化した「今」を語る写真であること。特に十八番のポートレートには自由、そう被写体の自由、つまり素の自分が表現されている気がする。虚飾を取り払った自分らしさそのものの写真。

 

ライバルだった土門拳は高雅、格調といったことが特徴であるのに対し、忠彦さんはもっと自由で本質的だった気がする。最も好きな写真は無頼派と言われる作家の写真の一群だ。坂口安吾、織田作之助、太宰治を頂点に檀一雄、石川淳、田中英光など。

 

驚愕の仕事部屋 坂口安吾

 

一番面白い写真は何と言っても安吾さんの自室での執筆風景のそれだ。まあなんという汚さ、ゴミに埋もれて仕事をしている様相。背後には10年は干していないと思しき万年床、そしてゴミとして放られた原稿、タバコの灰、ちょっと見たことのないレベルのゴミ部屋。

 

安吾さん奥様(坂口三千代さん)にもこの部屋を見せたことがないらしい。それを忠彦さんが新しいカメラの購買記念というこじつけの祝い代わりに、頼みに頼んで仕事部屋を見せてもらい大ショックを受けるハメに。そして、その場で隙を突いて写真を撮ってしまった。特写、激写だ。

 

一番他人に見せたくない自分を撮られたのだから堪らない。安吾さんの不機嫌な顔も大いに笑える。しかしこれぞ無頼派と言えるこの写真を、安吾さんはどう思っていたのだろう?安吾さんの文章も硬骨であくまで本質的で哲学的なところも好きだ。全集を持っているが、残念ながらまだ読破していない。

 

太宰治の そして林忠彦のもっとも有名なポートレート 銀座ルパンにて

 

これは有名な写真で、忠彦さん太宰さん2人にとり代表的なポートレートだ。多分最も忠彦さんを有名にした1枚だ。今も現存する銀座のバー「ルパン」での1枚。復員兵のブーツがなぜかお洒落な印象を抱かせるし、こんな格好で写っていても根がお坊っちゃまなので品の良さは隠せない。

根暗と言われ、人付き合いも得意でなかったという太宰さんが自由で解放された様子のこの1枚。後述する織田作之助の撮影にご執心な忠彦さんに、業を煮やした太宰さんがへべれけになって「織田作ばかり撮らないで、俺のことも撮ってくれよ!」と散々毒づいた挙句のワンショット。

 

椅子との位置からして、距離がキープできずにトイレの便器(和式!)に這いつくばって撮った貴重な1枚だ。太宰さんのこのお行儀の悪さがまたプチ不良感を醸し出していてファンには堪らない1枚だ。

 

いつルパンに行っても、太宰椅子にはファンが座して同じポーズを撮って嬉しそうにしている風景を見る。五所川原の実家斜陽館を見に行ったことがあるが、本当に良家資産家の子弟だったことがわかる。この人は一体人生に何を求めていたのだろう?玉川上水で愛人と入水自殺したというのも彼の自分らしさ、究極のナルシズムなのだろうか。

 

革ジャンに立膝 新たな無頼派を代表する文士 織田作之助

 

そして最後に最も好きなのが織田作之助の写真、これも彼のつまり忠彦さんを代表する1枚だ。そしてもちろん早世した作之助さんの代表的ポートレートでもある。実はこの3人の写真で一番古いのはこの写真だ。戦後流行作家として名を成し、人生さあこれからというところで結核で亡くなられてしまった。これは死の直前の貴重なラストショットだ。撮影中も喀血しながら酒を飲んでいたそうだ。

 

僕は“PUNKISH(パンクで)”で“REBELLIOUS”(反逆的)で、なんとも自由なこの写真が好きだ。自分の死が近いことを知りつつもバーで酒とタバコを楽しみ、カメラを向けられると屈託なく高笑いする心の高み、余裕。本当は五臓を切り刻む苦悩があったのだろうと思う。でも死と向き合うという究極の窮地にあって僕もこうありたいと心底思う。

 

彼の文学の代表が「夫婦善哉」。大阪ミナミの下町風情を描いた人情物語。市井の人々に対する優しい目線にも共感を覚える。それがまた“PUNKISH”な織田作さんとのギャップがあり魅力だ。彼が生前行きつけだった大阪難波の自由軒には大学時代に神戸から頻繁に遠征し、名物カレーを食した。もう40年前の話だ。ぐちゃぐちゃカレーだけど、ほんと美味かったなぁ 笑

 

ポートレート写真に関しては持論がある。それは作品の価値を決めるのは被写体のホンモノ度が7割。そして残りの3割は写真家の思想、哲学、そして最後に技術だ。被写体はどんなに世俗的に成功していると言われる人でも、ホンモノの写真家に嘘はつき通せない。本人も気づかないうちに誰にも見せない内面までえぐり撮るからだ。実に怖い存在。

忠彦さんは多くの文壇や芸術界の大御所の写真も撮ってきた。しかし彼の白眉は終戦直後の昭和20年代の無頼派作家たちだと思う。彼自身がその“REBELLIOUS”で“PUNKISH”なスピリットに同期し、共鳴したからだ。

 

長府城下 無言で語る武家屋敷の土塀

 

最後に、忠彦さんの写真で大好きな風景写真を1点。山口に長府という小さな城下町がある。高杉晋作が騎兵隊を挙兵したことでも知られる街だ。そこにある江戸武家屋敷の土塀を雪中撮影した貴重なカット。すでに朽ち果てた土塀だ。かつては威容を誇ったはずなのだがもうボロボロ。しかし誇りだけは決して失っていない。厳冬の中、凛とした誇りを示す。過去から現在に至るあらゆる世相を見守ってきた土塀。本当に美しいと思う一枚だ。

 

 


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