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社会起業大学 学長の林 浩喜(はやし ひろき)です。
このROCKY通信では、僕が社会起業家の育成・支援に携わっている中での経験や僕自身の人生での学びや考えをシェアさせていただいています。
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井上尚弥が、今週、宿敵ノニト・ドネアと約3年ぶりに再戦し、第2ラウンドで倒し切った。全米でも放映されたこともあり、世界中から絶賛賞賛の嵐が吹き荒れた。そして日曜には、メディア報道で尚弥がPFP(パウンドフォーパウンド)、すなわち全ての階級の王者たちが全員同じ体重だったと仮定した場合の世界ランキングで王者に輝いたことを知った。
まさかの夢の実現に、一瞬言葉を失った。今回勝ったらひょっとして...という前評判はあったが、本当に実現されてしまった。これがどれほどの偉業かというと、世界最強と称されてきたモハメド・アリやマイク・タイソンと同じレベルの域に達したと国際的に評価されたようなもの。今後、井上尚弥は日本のナオヤでなく、世界のナオヤになる。
戦前の自分の予想は、直近で強敵相手に2KO勝利と絶好調のドネアが、その余勢を駆って前半から出てきたら尚弥の高速ハードパンチがカウンターとなって炸裂し前半でのKO勝利、中盤以降に長引くとドネアのカウンターも当たりだし前回同様の乱戦になるが、判定は尚弥、というもの。
概ね予想は当たったが、前戦後のドネアの圧倒的な強さに下馬評でもドネア有利というものもあり、一抹の不安が無かったわけではない。
両者ともに一打必倒のパンチを持ち、世界トップの技術を持ち合わせた最強の戦士だが、ボクシング観戦歴50年での再戦セオリーは、頭が良い方つまり戦略能力の高い方が勝つというもの。前回試合を長引かせた結果、瞼を切り裂かれ眼窩底骨折という痛い目を見た尚弥は、きっと前半勝負に出る作戦をとると思っていた。
話は変わるが尚弥のプロデビュー前、後楽園ホールで尚弥親子と近い席で試合を観戦したことがある。当時高校7冠を達成していた期待の新星だったが、まだまだ華奢で色白の可愛い少年だった。自分の子供もボクシングをしていたので、一緒に挨拶に行った。尚弥は試合観戦そっちのけでスマホゲームに興じていた。
人見知りで握手の手を出せない娘に、尚弥のお父さん(デビュー以来尚弥のチーフトレーナー)から「お父さん、自分のボクシング熱を子供に押し付けちゃダメですよ、ねーお嬢ちゃん」と図星を突かれて苦笑したのを覚えている。デビュー戦も観に行ったが、まさかここまでグレートになるとは思わなかった。
ジムの大橋会長の図らいで、同階級だった韓国の英雄、張正九、柳明佑が特別ゲストとして呼ばれTV解説していたが、彼らとてそう思っているだろう。子供の才能を見出し、親子の信頼関係を維持しつつ技術を磨き込めばここまでなれる、というのが学びだ。
特に筋トレをして身体を作り上げつつもスピードは落とさないという難業を成し遂げたことは大きい。尚弥がここまでなれたのは、本人の努力は当然として、父親の厳しくも深い愛情があってのことだと思われる。
尚弥は小学生時代から父親の指導でボクシングをしていた。かつて辰吉丈一郎がしたように。野球やサッカーといったメジャースポーツでもそうだが、やはりスタートが早い方がプロになってからの成功率は高い傾向にある。良し悪しは別として、これは今後起業においても言えることかもしれない。
しかし、しかしだ、PFPで世界王者という夢のまた夢のような偉業を日本人が達成することができるとは本当に夢にも思わなかった。日本で生まれ、日本の一地方で、父親とともに夢を追った少年が叶えたスーパードリームである。日本中の若者に知ってもらいたいのは、自分の地元で志を立て、自分を信じて才能を磨き続ければ、世界に通じる道も開けるということだ。
今回の評価で、尚弥は今後無人の荒野を歩くことになった。孤高の人生は、これまでとはまた異なる自己との闘いが待っている。尚弥の夢は複数階級制覇も視野に入れつつ35歳で無敗のまま引退というものだそうだ。完璧すぎるシナリオだが、彼ならやれるかもしれない。