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社会起業大学 学長の林 浩喜(はやし ひろき)です。
このROCKY通信では、僕が社会起業家の育成・支援に携わっている中での経験や僕自身の人生での学びや考えをシェアさせていただいています。
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最近若い人、といっても40前後の人と話していて小林秀雄を知らない人が多くて戸惑うことがある。一部の方を除き、作家も時代とともに風化してゆくのだろうか。僕の時代は受験の現代国語の教科書にも出ていたし、模試や入試問題でも頻繁に出題されていた。当時は最も難解な文章を書く人と言われていて、小林秀雄の批評問題が試験に出ているとわかった瞬間に「こりゃ今日はダメだ!」とあっさり白旗を揚げたものだ。高校生の僕にはそれくらい論理的で難解な文章だった。多分その当時の出題側の大学教授とかに小林さんの信奉者が多かったのだと思う。その彼らが既に現場を去り、新しい世代の人々が教職につき、彼らは新しい作家の文章を用いているのだろう。前置きはさておき、僕の受験時代はとにかく小林さんは「理屈っぽい嫌な批評家」という存在だった。
30代の後半に2週間入院したことがあった。比較的身体は元気だったので、あまりの退屈さに難儀した。本を読んだり看護婦さんと馬鹿話をしたりして誤魔化していたが、さすがに軟禁状態に耐えきれなくなり、ある夕方こっそり外出した。散歩していると偶然にも銭湯があり、これはありがたいと飛び込んだ。湯船で久々に羽を伸ばし牛乳を飲んでいると、番台のポスターが目に入った。小林秀雄生誕100年展というもので、久々に過去の悪夢を思い出したが、なぜか惹かれるものがあった。そして翌日、看護婦さんに内緒で病院を抜け出して展示が行われていた松濤美術館に足を運んだ。残した文章の断片が多く展示されているのかと思ったら、遺愛の品々が、それも骨董品が数多く展示されていた。小さな美術館内に古陶磁を中心にいろいろなモノが展示されていた。時間を持て余していたこともあり、展示を何度も周回した。すると1点の小さな酒盃がどうにも気になって仕方ない。まるで呼びかけられているような感覚。それは「志野(しの)」と言われる桃山時代に美濃地方(岐阜県)で15年だけ焼かれたという幻の焼き物だった。なぜか病院に戻ってからもその志野酒盃が頭から離れなくなり、15年にわたる休日放浪の旅が始まった。
退院してから、急に小林さんに親近感を感じ始め、彼の本を買って読んだ。「真贋」という骨董についての批評。そしてついに小林秀雄全集を入手し、それらを読みながらの週末骨董屋巡りが始まった。まず小林さんの美術評論を中心に読みながら、彼の視点を汲み取る。その足で彼の視点をなぞるように古陶磁や絵画を辿ってまわった。週末の東京国立博物館や日本橋、青山の骨董店でのガラス越しの実戦出稽古だ。骨董屋の主人達は、クレージーな目つきで食い入るように眺める僕に「コイツは完全にイカれてる」と同情してくれたのか、手に取って見せてくれるようになった。至福の時はあっという間に過ぎる。溺れるように数寄者の世界にのめり込んでいった。あの幻の志野酒盃を理想として、志野を求め続けた。志野道。当時の僕は出会い頭のラッキーに全てを賭けた。「ひょっとしたら何かの僥倖で俺のところに来るかも!?」と。そうなるとどんな評論であろうと高校時代とは異なり、小林さんの文章がスパスパ入ってくる。慣れると、彼は決して屁理屈をこね回している訳でもなく、わざわざ難解にしようとしている訳では無い事もわかった。論理的な文章の代表のように言われていたが、むしろ直感とか自分の感覚を大事にしている人だという事もよくわかったし、とても性根の優しい人だということも。あまりに博識かつ独自の歯切れの良いソリッドな文体をお持ちなので昔は誤解していたのだ。それでもたまに解読不能な文章にぶち当たることがあり、立ち止まって一瞬息を止めて考え込む事もあったが、それすらも楽しみであった。そして彼の本にたくさん書き込みを入れて「対話」をするようになっていった。まるで小林さんと漫才をしているような感じで。大御所芸人にツッコミを入れるカバン持ちの弟子。笑
まだまだとてもではないが小林さんのことは書き足りない。残念。さすがに骨董熱は治り、狐は落ちた。しかし小林さんのおかげで審美眼らしきものを持つことができた。それが何を見るにも自分の物差しとなっている。美術・工芸に限らず、文学も、音楽も、料理も。そして人間も。今は守破離でいうと離のステージだが、僕は大事な礎石を頂くことができた。初めは小林さんの真似からだったが、今は小林さんから離れて自分の目で物を見て判断している。本を通じて、人生でここまで影響を受けた作家はいったい何人いただろうか?
さてところで、、、自慢の小林秀雄全集の全巻を読み終えるのはいつになるのだろうか?笑