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社会起業大学 学長の林 浩喜(はやし ひろき)です。
このROCKY通信では、皆さんが、人生やビジネスのヒントとなるようなお話をさせていただければと思います。
皆さんのお役に立てましたら幸いです。

おばあちゃんドライバーのポートレイト
先日地方都市でたまたま乗り合わせたタクシーの運転手はおばあちゃんだった。後部座席に乗り込んで吃驚してしまった。えーなぜおばあちゃんがこんなところに!?と。タクシー乗務員が全国的に不足しているというある種の社会課題は知っていた。近年、電話して呼ぼうとしても拒否されることが増えた。ドライバーがいないからだ。そのような中でおじいさん運転手にはたまに遭遇したが、おばあちゃんは初めてだったのでドキッとした。しかしとても親切でチャーミングな人だったので会話は大いに弾んだ。僕はタクシーに乗ると、車窓を横目に運転手さんとの他愛のない雑談をするのが好きだ。たまに強面系のオジサンもいるが、それでもなんだかんだと話しているうちにアッという間に目的地に着いてしまう。その日も約30分、政治経済からお互いの身の上話まで様々な会話をした。エイリアンにとって、そこはちょっとした「自由」の空間なのだ。
ひとしきり地域経済や国内外の政治の雑談をした後、ずっと気になっていた質問を試みた。
① 「運転手さんはどうしてタクシーの仕事をしているのですか?」
② 「この仕事は肉体的にも時間的にも大変ではないですか?」
③ 「大変失礼ですが、御年おいくつですか?」と失礼覚悟で立て続けに聞いた。
以下おばあちゃんドライバーとのやり取りをご紹介したい。
① おばあちゃんは義母の老々介護や闘病中のご主人の入院費用を稼ぐために、年金以外にもお金が必要だからと正直に答えてくれた。稼業の手段としては他にはコンビニの店員くらいしかないとも言われた。リアルシニアをサービス業で雇用するのは企業側にもリスクはある。タクシー運転手の場合だと、交通事故だったりルート取りのミスだったり、その他顧客との接客トラブルだったり、、、地方都市でよくマクドナルドやローソンでおばあちゃん店員が働いているのを見かける。都心では外国人が日本人の代替をしているが、地方ではシニアが人手不足を補完している。しかし僕はなぜかホッとする。機械的にマニュアルをこなしている若者よりも、あくせく感の無いシニアの「ゆるい存在」自体が好きだ。ユニホームは似合ってないけど、喋りも今風ではないけど、年輪から来る優しさのようなものが感じ取られ、たとえファストフードやコンビニであっても僕はあったかい気持ちになる。
② 週5日で朝の7時から入り、夕方の4時で上がるそうだ。8時間労働は慣れれば肉体的にはそれほどきつくないと言われていた。精神的にはとても楽しいと語ってくれた。こうやって今日も東京から来てくれたお客さん(僕)としたみたいに、一期一会のお客さんとの会話でたくさんの勉強が出来るからと。そして毎回異なるお客さんを異なる目的地へ送るという仕事は変化があって実に楽しいと。それが生き甲斐にもつながっていて、この仕事をできることが幸せだと本心で語っていた。だからなのか、車内にはあったかく楽天的な空気が溢れており、目的地で下車するのが惜しくなるくらい僕はおばあちゃんにハピネスを分けてもらった。「幸福は伝播する」というが本当だ。こういう人は万事「感謝」と「喜び」に満ちているので、きっと幸福度の高い人生を送って来られたのだろうと思った。身内に心配の種を抱えていても、、、
③ 失礼千万で思い切って聞いたところ、屈託なく「76なの!」と笑って教えてくれた。そして80までタクシー運転手の仕事をしたいと言い切られた。意志のこもった宣言に僕は気圧されてしまった。仕事に貴賤は無いが、一般的にはタクシー運転手という仕事に良いイメージを持つ人は多くはないだろう。昭和の頃は、都心でもドライバーには荒くれ者が多かった。一度木刀で打たれそうになったことすらあった。人生は心がけ次第というが、本当にそうだと思う。おばあちゃんドライバーはそれを体現した素晴らしい人だった。生き方と仕事のベクトルを一致させた市井の偉人だ。
教え子の一人が「おばあちゃんのたこ焼き屋」というコンセプトのたこ焼き屋をチェーン展開しようとしている。心身ともに元気な高齢者の働く場を創出し、地域の人々に美味しいたこ焼きを提供するというものだ。地域のコミュニティ・ハブになれるよう頑張ってもらいたい。たこ焼きを介在としたコミュニケーションの場。都会や地方を問わず、職場やコミュニティを問わず、加速するコミュニケーションの希薄化。最近ある大企業で聞いた話だが、対話の無い職場は静かで、隣席の人ともPCやスマホを使って情報のやりとりをしているそうだ。リアルな対話は不要だと考える人がマジョリティになりつつある。なんか変じゃないかい?
最後に。タクシーが目的地に着いた時、おばあちゃんドライバーは初対面にもかかわらず僕に名前を聞いてくれた。僕もおばあちゃんのお名前を聞きし返した。あまり無い珍しい姓だったので、いくつか質問をすると、僕の知人の知人だったことが判明。吃驚アゲイン!
それで写真を撮らせてくださいと頼むと、大いに照れながら1枚のポートレイトを撮らせてくれた。幸せを運ぶおばあちゃんドライバーさん、いつまでもお元気で!