社会起業家の挑戦

起業家の挑戦!オーガニックコットンのパイオニア 渡邊代表に聞く、「大きな志を実現し、社会事業をビジネスとして継続させるための極意

株式会社アバンティ 代表取締役 渡邊 智恵子(わたなべ ちえこ)

渡邊 智恵子

1975年 明治大学商学部卒業
1975年 株式会社タスコジャパン入社
1983年 同社 取締役副社長に就任
1985年 株式会社アバンティ設立、代表取締役社長就任
1990年 株式会社タスコジャパンを退社
1993年 Katan House Japan Inc. を設立、代表取締役社長就任
2000年 NPO法人日本オーガニックコットン協会(JOCA)に昇格、副理事長就任
2008年「毎日ファッション大賞」受賞
2009年 経済産業省「日本を代表するソーシャルビジネス55選」に選出
    『ウーマン・オブ・ザ・イヤー2010』リーダー部門を受賞、
    総合7位を受賞
2010年 NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」に取り上げられる
2011年 一般社団法人小諸エコビレッジ設立、代表理事就任
2012年 アメリカ・テキサスGold hoe awardを受賞
2014年 一般社団法人わくわくのびのびえこども塾設立、代表理事就任

株式会社アバンティについて

 株式会社アバンティは、オーガニックコットン事業を通して、地球環境保全や東北大震災の復興支援、インドの生産者に対する職業訓練支援や教育支援など、幅広い分野での社会貢献を行われている。

原綿の“無染色”により、環境にも肌にもやさしい高品質な製品を、日本の技術で手掛けている。

『顔の見えるものづくり』
『オーガニックコットン事業を通して日本の素晴らしい技術を守る』
『モノを売るのではなく、コトを伝える』
『全ては気持ちがいい毎日のために』

今回の講演では、渡邊氏の哲学や信念が詰まった講演をお聞きした。

「だまっていてもお金が増えていく・・」そんなのは嫌だ。

30歳代前半で以前勤めていた会社の副社長になった。何かあれば人材を「スパっ」と解雇する商習慣だった。

もともとは、解雇された人材のセーフティネットとして設立されたのが、「アバンティ」だった。
当時は理念がなく、「コバンザメ」のような状態。
ギフトボックス、説明書作成・・・、黙っていてもお金は稼げる状況に、渡邉氏は違和感を覚える。

もっと自分の力を発揮して、仕事での充実感、達成感を感じたい―。
収入が大幅に減ることを覚悟で、住んでいたマンションを事務所にして再スタートを切った。

そんな時に出会ったのが、オーガニックコットンだった。
専門用語も、何も知らないところからスタートした。毎日、最終電車まで残業をした。

“大きな言葉で、「社会起業家です」なんて言っちゃだめ。”

スタートアップ時につけた基本理念は、「敬天愛人」。
天を敬い、天が人を愛するように愛しなさいという意味だ。

経営理念は、オーガニックコットン製品を通して社会貢献すること。

行動基準は、
1.社会倫理に照らし、人として正しいと思うことを実行する
2.関わるすべての人々が利益を分かち合う。
3.三方よしの精神を実践する。「売り手よし、買い手よし、周りよし」

日本の企業は三方よしの考え方があるので、1000年以上続く企業12〜3社のうち、7社を占める。

“自分は「社会起業家です」なんて言っちゃだめ。
三方よしを意識することは、日本企業が本来もっている商習慣だから。”

渡邉氏の一つひとつの言葉が、心に響く。

99.3%のコットンは、枯葉剤をまいて収穫されている。

天然素材としてのコットンは、それ自体に「優しい」イメージがあるかと思うが、その実、人道的にも環境にもダメージがとても大きい。

近代化農業における綿の栽培は、農薬や化学肥料、除草剤、落葉剤などが大量に使われており、その環境に対するダメージは計り知れない。

アメリカでは、機械で綿をしごいて大量に摘み取るが、その際に葉の色が付着しないよう、強制的に、化学薬剤である枯葉剤を使い、枯らしてから収穫をするという。

その他、除草剤、殺虫剤、落葉剤、化学肥料など多くの薬品が使われることで、土も疲弊する。綿花だけでなく、野菜の世界にも同様にさまざまな薬品が使われている。

循環型の生活、農業をしていくことが、オーガニックの目的

近代型農業には、農民が借金をして種や薬品を買わなければいけない実態がある。

遺伝子組み換えの種がどのようにして人にダメージを与え続けるのかは、未知数だ。
種を売り、除草剤を売り、枯葉剤を売り・・・ という方法で経済が循環している。

そうではなく、飼っている牛の牛糞を肥料として使い、自分で育てた綿で衣類を作り、身の丈の生活をする。
そんな循環型農業をめざすことが、アバンティの目的でもある。

発展途上国の児童労働について

子どもが労働者として賃金をもらい、学校に行かないで働くことを「児童労働」という。

インドでは児童労働が深刻化し、約40万人の子どもたちが綿の栽培にかり出されている。朝から晩まで100円ほどの賃金で労働し、農薬中毒の被害にあっています。

綿は白いため、「ピュア(純潔)」を連想させる6〜14歳までの初潮前の女の子が駆り出される。おしべからめしべへ、手作業で受粉する作業。
大人だと腰をかがめずにすむし、賃金も少なくて済むため、子どもが労働者として使われる。

子どもたちは一日の労働が終わった後、手を洗わずにご飯を食べる。
農薬まみれになると、たいていの人は癌になる。

綿産業における児童労働の現状。
私たちが毎日使っている綿は、こんな風につくられている。

労働者の搾取について、気づく消費者であってほしい

ものをつくるということの過程を、知らなければいけない。

日本の小売店で、980円のダウンジャケットを売っているのを見た。
生地をつくって縫製する過程のうち、どこかに何かの搾取がない限り、このような価格でダウンを売ることは決してできない。

消費者は、980円のダウンを見て、「何かが変だ」と思わなければいけない。

買う人がいるから、企業はつくってしまう。

消費者が、勉強しなければいけない。
なぜ、勉強しなければいけないか?

それは、消費者が企業を動かす力をもっているから。
「あんなのを買っていたら、僕たちのプライドが許さない」
そう、私たちは思わなければいけない。

Made in Japan へのこだわりで、「安心」を届ける

日本に引き継がれてきた技術を生かしたいという思い、顔の見える安心安全なものづくりのため、糸から生地、最終製品までを日本でつくることにこだわっており、原綿から最終製品まで、「いつ、どこで、だれがつくったか」がわかるように履歴を管理している。

さらに、オーガニックコットン事業だけでなく、東北のお母さんたちの心からの復興に長く寄り添い、産業までつくってしまう「東北グランマの仕事づくり」、福島の復興支援など、数々の社会的事業を行われている。

風評被害で野菜や米などが栽培困難となった土地や、耕作放棄地を、綿花栽培によって再生し、生産者、支援者、消費者を繋げて復興の力とする。

福島における雇用創出も含め、繊維産業を再編成し、オーガニックコットンの「ゆりかごから墓場まで」を目指す。
福島における、綿花の自給自足を目指す。

渡邊氏の奮闘はとどまることを知らない。

講義を受けて

「きれいな地球を子どもたちに」というスローガンを掲げ、「オーガニックコットンをやることによって人や環境へのダメージを少しでも軽減することができる」という信念のもと、ご活躍されている渡邊氏。

オーガニックコットンへの理解と関心が深まる機会となったのはもちろんのこと、渡邉氏の講演を聞いていて、社会的事業を始めて、続けていく信念、「何のためにやっているのか」「どんな社会にしていきたいのか」を、一本の筋として明確に持ち、それを訴え続ける勇気やぶれない志など、起業家として大切な数々のことを、言葉だけでなく背中でも見せてもらった気がしました。